マクロビアン days

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教えられた非暴力運動のこころ 


 数日前、朝日新聞の読者の声欄に載った記事に感銘を受けた。60近い女性の話。兄妹が揃って一、二級の障害者。子ども時代はいじめでさんざん苦しんだと言う。ある時、隣のおばさんが、泣いている彼女を見て「いじめる子たちは、あなたの苦しさを全部持って行ってくれるんだからね」と慰めてくれたと言う。以来、彼女はいじめられた時、泣き乍ら相手に「ありがとう」と言い続けたと言う。そして、兄妹揃って年配となった今では、共に立派な仕事につき幸せな人生を送っている、という記事であった。

 人間としてあまりにも立派な生き方に、心から感銘を受けた。当人は言うまでもないが、子どもの彼女に、そんな素晴らしい言葉を投げかけたとなりのおばさんもまた、本当に素晴らしい。

 この記事を読んで、今、私たちが抱える原発問題について考えてみた。経済優先か?いのち優先か?の対立は、今、日本を二分している。被災者となって、事故を起こした当事者にもかかわらず、未だに原発推進、再稼働となりふり構わず経済、権益に狂奔する「原子力ムラ」の面々には、最早、怒りを通り越して哀れささえ感じるが、そんな彼らを、私たちが憎み、ののしり、怒りを持って敵対しては、きっと、願うべき未来は、そう簡単には来ないはずだ。

 今こそ、勇気ある彼女がそうしたように、対立の相手に「ありがとう」を言わなければならない。なぜなら、彼らが、経済偏重の言動をすればするほど、いのちを大事にする社会について、もっと深く、もっと明確に、多くの人がよりはっきりとビジョンを描き、行動するようになるからだ。

人間は、いつの時代も、危機を乗り越えた時に大きく成長、進化したと言われる。この未曾有の災害は、日本人ばかりでなく、世界の人々をも大きく変わらせる出来事であるはずだ。この試練の意味を理解する人間が、一人でも多く増えて行くこと以外に、この災害からの真の解決の道はない。

 苦しく辛い状況だからこその「ありがとう」は、きっと「対立」を「融和」へと導くはずだ。これこそが、非暴力運動のこころのあり方でもある。ますます元気になるに違いない原子力ムラの面々へのこころの持ち方について、今後は少しだけ方向転換できるように思えて来た。本当に有り難い記事との出会いだった。宙八




[ 2012/07/29 10:39 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

若者たちに謝りたい 

昨夜、原発の再稼働に反対する人たち20万人が首相官邸を取り囲んだ。3・11以降、原発反対デモは頻繁に行われていたが、NHKをはじめとしたテレビ、新聞、ラジオでは完全に無視、その様子が国民の目に触れることはなかった。しかし、さすがに、昨夜の20万人集結は、報道せざるを得なくなってしまったのだろう。官邸を取り囲んで画面を一杯に埋め尽くす人々の姿がようやくテレビに映し出された。

70年代には、日本とアメリカの安全保障条約に反対するデモが頻繁にあったが、この時の主役はほとんどが学生で、政治的な色合いの濃いものだった。しかし、今回のデモは、そうした政治的なプラカードや垂れ幕はほとんど見られない。デモの参加者は、ごく一般の市民、若者たち、サラリーマンや子連れの家族たちである。まさに市民、国民が立ち上がった抗議のデモなのだ。

今回の震災では、惨状にも冷静に対応する日本人の姿が海外でしばしば賞賛された。が、反面で、「理不尽な者に対して尊大過ぎる。抗議の声がなさすぎる日本人の気持ちは理解し難い!」との不満の声も沢山聞かれた。同じ日本人でありながらこれにはまったく同感だった。

しかし、そんな大人しい日本人がようやく動き出した。あまりにも経済偏重、身勝手、やり放題の政治家、企業家、無責任な官僚たちに対して、ようやく、国民が重い腰を上げ始めたのだ。

これを、世界各国で起きている革命の日本版として「アラブの春」ならぬ「あじさい革命」だと言う人がいるらしい。デモをしながら、歩道には絶対にはみ出さない日本人の姿は、再び、海外の人々から驚かれることだろう。「あじさい革命」は、あまりにも日本人らし過ぎていいのだろうかと思うが、そんなことはどうでもいい。ともかく、そんな日本人が、ようやく行動し始めたのだ。デモをする多くの若者たちの姿がテレビに映し出され、思わず涙が出るほど嬉しかった。毎週金曜日に計画されるデモ、機会をつくってぜひこの渦の中に加わりたいものだと思った。

また、これを見ながら、この国の仕組みを担って来た大人の一人として、この震災復興の処理、中でも原発問題の解決が、これほど情けなく展開していることに、この国を背負い、未来に生きて行く若者たちに心からすまないと思う。そして、この国を今も動かし、若者たちの未来を大きく左右する決めゴトについて、この期に及んでも経済優先、自己の利益、モノ、金にしか思いが至らない身勝手で情けない大人たちを本当に許して欲しいとも思う。

しかし、せいぜい生きてもあと40年足らずの大人たちの、モノや金にこだわる生き方を、今、百歩譲ってもらって許してもらったとしても、そんな我々が絶対に許されないのは、今後、10万年とも20万年とも言われる使用済み核燃料の不始末の問題だ。このことを考えない原発の存続などは絶対にあっては行けないことだ。子々孫々に至まで地球を危険な環境にし、汚し続ける核のゴミの危険性を考えれば、今が豊かであればそれでいいと言う発想など許されるはずもない。原発どうすべきかの答えはすでに、とっくに出ていることでもある。

人間は、自ら造る環境の中で、なおかつ、その危機的状況でしか、変容、進化できない生き物だ。今こそ、日本人は、大きくその生き方を変えなければならない。目に見えない放射能の課題にどう取り組むべきか?その投げかけられている意味について、今こそしっかりと考えなければならない。日本人の進むべき道と次代に生きる若者たちの進路が、このデモで問われている。デモが100万人になったら、この国もきっと変わらざるを得なくなる。宙八




[ 2012/07/02 12:12 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

大飯原発再稼働について 

原発事故について過去一年間を振り返り、東電、政府、学者、メディアの対応を知ってみると、いかに我が国を動かす仕組みが、国民の認識とはまったくかけ離れたところにあったかを痛感する。

彼らの言動が、大義がないどころか、ひたすら自己の権益、利益を守ることのみであったと言う事実に、ただただ驚きを禁じ得ない。もはや、怒りを通り越してた呆れるばかりである。

しかし、よくよく考えれば、世界のどの国であっても、きっとこれに大差はなく、国が動くと言う事は、じつは、そういうものなのかも知れない。己が無知であっただけのことなのだろう。いずれにしても、そんな彼らを選んで来たのは、他でもない我々国民である。我々自身の選挙での一票の選択こそが問われている。

だとしても、この国で生きて行く事を覚悟している以上、こと生死のかかわることについては、為政者の欺瞞を見抜く感性だけは失ってはいけない。これを放棄することは、いのちを丸投げすることになる。今問題の大飯原発再稼働の危険性も、今一度しっかりと見抜いておく必要がある。

野田総理は「安全が確認された」と言うが、これは昨年の原子炉の収束宣言とまったく同じこと。福島の事故の原因究明がまったくなされないままの愚挙、暴挙であることは言うまでもない。以下、この再稼働がいかに危険であるかを再確認しておこう。

(1)大飯原発では、安全対策のために必要不可欠であると保安院が提案した30項目のうちの半分程度の対策しかなされていない。
(2)「免震棟がなかったらと思うとぞっとする!」と東電社長に言わしめた福島原発事故だが、事故対応になくてはならない免震棟の建設計画は、3年後である。
(3)津波想定11・4メートルとする根拠のない数字で安全は確保されたとする関電と政府。
(4)大飯原発の<加圧型原子炉>には、事故の際、被害を最小限に食い止めるためのベント装置がない事実。事故=即爆発になる危険性無視。
(5)1、2号機と3.4号機の間の地下の断層は活断層であると指摘する学者の意見を無視し、「活断層ではない」と根拠のない自説を断言する関電とそれを一方的に信じて安全とする政府。
(6)未だ事故が起きた際の周辺住民の避難計画が造られていないこと。その避難路となるバイパス道路の建設も、今後8年~10年後の計画としている点等々、数え上げればきりがない。

こんな欺瞞一杯の再稼働に対して、我々国民はまたぞろ「慣れたからもう大丈夫」「テレビ、新聞で大丈夫と言っているんだから」「国の偉い人が言っているんだから」「時間が立ったからそろそろ水に流してもいいのでは・・・」「みんなが大丈夫だと言っているんだからきっと大丈夫」「そんなことがもう起きるはずはない」などの空気が、またぞろ辺り一面に広がり始めている。

自己判断せずに問題を他人任せにする日本人の国民性が、今回の事故を起こした真の原因であったことを、もう一度ここで各自の肝に銘じておきたい。(宙八)




[ 2012/06/29 10:38 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

夏の八ヶ岳高原「半断食セミナー」のお知らせ 

ーからだとこころきれいにする七日間ー
   夏の八ヶ岳高原「半断食セミナー」開催のお知らせ

 「半断食」とは、食物による心身改善法です。有機野菜、自然食品の食材を正しく調理し、正しく食べることで、変わりにくい体質や病気の症状をわずか七日間で改善します。
 夏の八ヶ岳の爽やかな自然を存分に満喫しながら、ロードワーク、リラクゼーション、瞑想などのエクササイズと料理実習、手当法、講義、カウンセリングで「正しい食べ物とは何か?」「正しい食べ方とは?」等々、マクロビオティックの真髄を体験しながら学べるセミナーです。
 体質を変えたい人、病気の症状を改善したい人、ダイエットしたい人、美しくなりたい人、感性や判断力、決断力を変えたい人、生活や人生を転換したい人、結婚、子育て、出産を望む人、仕事や人生で成功したい人、どなたにとっても、人生を大きく転換する絶好の機会です。
 30年間、国内、オーストラリア、ヨーロッパ等十数カ国8000人が参加している人気の体質改善法を、橋本宙八、ちあきがマンツーマンでリードします。                               
  ●と き:8月19日(日)~25日(土)  
 ●ところ:小淵沢ウェルネスガーデン 〒408-0044 山梨県北杜市小淵沢町2972
 ●定  員:20名限定          電話:0551-20-5366
 ●参加費:17万円(6泊7日間の全プログラム、宿泊費、食費を含む)
 ●申し込み:問い合わせ「マクロビアン」
     〒606-0802京都市左京区下鴨宮崎町128-111
     メールアドレス:mail@macrobian.net
     電話:080-1801-3483 
 
主催:「マクロビアン」 協力:「ウエルネスガーデン」


[ 2012/06/16 11:33 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

伊勢神宮でのセミナーを終えて 

伊勢神宮の鳥居の近くにある伊勢修養団での6回目のセミナーが終わった。

この修養団の創立者は、日本の社会教育活動の基礎を築いたとされる蓮沼門三(はすぬまもんぞう、1882年 - 1980年)先生。明治39年に東京府師範学校(現・東京学芸大学)で創立。学校の寄宿舎が汚れていたことに胸を痛めて一人で掃除を始め、その行動に共感した同志が集まったのがその興りであるという。

その修養団で半断食のセミナーをやる縁を作ってくれたのが、「日本を美しくする会」会長の田中義人氏。全国47都道府県に支部があり、掃除のボランティアを日本中に生み出している団体の代表である。田中さんとのご縁は、もう十年以上も前になる。ある縁から、いわきに度々来てくれるようになり、私のセミナーをもう十数回も受けてくれている。マクロビアンの社会的意義を理解してくれて、その後、公私共々、何かにつけて応援してもらっている。

修養団でセミナーを始める時に知ったことだが、蓮沼門三先生が、修養団の活動としたのが、掃除と玄米菜食の二つのことだったと聞いた。そんな修養団に導かれて、田中さんと私が、掃除と玄米菜食の大切さを修養団でやらせてもらっている。じつに不思議なご縁であった。

伊勢神宮は、人口1000万人だった江戸時代に年間700万人が全国からお参りに来たと言う。いかに伊勢神宮が、昔から特別な場所であったかが分かる。戦後、アインシュタインがここを訪れ「こんな宗教があったことを神に感謝する。きっと、日本人は今後の世界を導く存在になるだろう」と言ったと言うが、ここ数年神宮の意味を知るにつけ、この場があることの意味の深さに驚く。

私流に解釈すれば、人類にとって究極の二つの課題である外の環境と内の環境。つまり、文明といのちの本質的な意味を、最も簡素な社のカタチとして現し、2000年あまり永々と神話として伝えてくれている聖地。と言うことになる。文字色

蓮沼先生は、そんな意味を知って、神宮のそばに、外と内の環境を浄化するための掃除と玄米菜食を活動の柱とする修養団をつくったのかも知れない。とそんなことを今回改めて感じた。

掃除で生活の場を清め、半断食でいのちを浄化する。伊勢神宮に毎日お参りし、みそぎをし、あるべき環境の中で神話に触れ、いのちの原点を体験、実感する。わずか七日間だが、何ものにも代え難いものがここにはあるように思う。また来年もここでせねばと改めてそう感じた。

[ 2012/06/16 11:15 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

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