マクロビアン days

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「放射能の味」 

1993年、チェルノブイリの汚染地帯を歩いた時、ある村の農民から次のような話を聞いた。「放射能を浴びた時、硬貨を舐めたような味がした」これは、1週間、爆発事故を知らされずに居た人間が自ら感じた身体の異変であった。

 この話を聞き、放射能にも味があることを知って驚いたが、もし、そうした状況に自分が遭遇したら、放射能の有無が身体で分かるかも知れないと言う貴重な話でもあった。

我が家は、福島の第一原発から24キロ地点にある。今では、いわき市は、全市自主避難地域が解除された安全地域になってしまっている。
これは、風評被害による経済的ダメージを怖れた市長が、市内の汚染の詳細をよく調査もせず、どこよりも早く安全宣言をしてしまったからである。

しかし、自分で計って見て分かったことだが、わが村の線量は、まだ住んで安全な場所にはなっていない。にもかかわらず安全な場所にされてしまっている。いわば、政府や自治体の都合によって棄てられてしまった村の一つなのだ。

そんな村に、先日、二度目の帰宅をした。汚染の度合いから、長期に渡って戻ることが難しくなるかも知れないことを踏まえての帰宅だった。

 3時間余り居た一度目の帰宅の際に感じたことは、見慣れた我が家の風景が違って見えたことだった。いつもなら、文句無く身体を癒してくれる自然が、まるで写真のネガでも見ているようにメタリックな、あるいは無機的と言ったらいいのだろうか?何度も気のせいかと思い返して眺めて見たが、たしかに空気が違う。何とも表現のしようのない違和感のある風景だった。

 そして、二度目の今回はほぼ24時間の滞在。ビニールのカッパにマスクも手袋もしてといういでたちだったが、そこで感じたのは、やたらと唾が吐きたくなったことだ。とにかく喉の奥に何かが頻繁にまとわりつく、それを出したくて唾を吐くが、当然、何も出て来ない。吐くとすぐにまた吐きたくなる。その繰り返しだった。これが山を降り、いわき市を離れるまで続いたことを覚えている。

もう一つは、頭に金属の輪をかけられたように締め付けられる痛みを感じことだった。これもまた日常的に経験することのない何とも表現のしようのない不愉快な頭痛だった。

後日、東京で友人と会った時、彼女も頭痛を抱えていた。風を引いても頭など痛くなったことがない人間だったのにこのところ頭が痛いのは何だろう?と言う話だった。どういう頭の痛みかと聞くと、まるで孫悟空のように頭に輪がかけられたような痛みだと言う。自分が体験した言い表しようのない頭痛にあまりにもぴったりの表現だった。

東京の線量も、自分の手で計測すると分かるが、場所によっては決して問題のない数値とは言えない。安全であることを願うが、もしかしたら彼女の頭痛も、いわきで私や家族が感じた頭痛と同じ類のものであるのかも知れない。そんな心配がふと頭をよぎった。

かつて東京からの帰り道、村の近くまで戻ると、身体の細胞が隅々までイキイキするのを感じたものである。長年そうした自然環境に住む人間には、この身体の違いは、はっきりと分かる。

いわきの村で体験した喉に絡みつくような違和感が、もし、もっと強くなったら、チェルノブイリの農民が言うような硬貨を舐めた味になるかも知れないと、ふと今でもそう思えてしまう。宙八


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[ 2011/05/11 16:04 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)
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