マクロビアン days

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チェルノブイリ・ハートからの出発 


災害から半年が過ぎた。初めての被災でつくづく感じることは、生活の拠点を失うことの大変さである。どんなにささいなことであっても、生活の中で飽きるほど繰り返されて来た毎日の行動が、これほどあり難いものであったかを改めて感じる。

被災者の多くが、「早くモトの家に戻りたい!」と叫ぶのは、避難の身で、いつまでも定まらない毎日に疲れきってしまったからだろう。

昨夜、以前から見たいと思っていた「チェルノブイリ・ハート」の動画を見た。ユーチューブで見れたのだからありがたかった。

26年経ったチェルノブイリで被爆者の体の上で今どんなことが起きているのか?を見せてくれる映画だった。事故から8年経って私はチェルノブイリの汚染地帯を視察に行ったが、映画の中に出て来た町や病院は、かつて私が見た町や病院だった。映画を観て当時の記憶が蘇えり、改めて、訪問当時に時間がフィードバックした。

1993年に我が家に保養滞在に来たベラルーシの子どもたち9人は、当時、7歳から9歳の子どもたちだった。あれから18年経った今では、どの子もすでに25歳から30歳の立派な大人になっている。その後連絡は取れていないが、きっと、家庭を持ち、子どもを持っている子どもたちも居るに違いない。

映画では、そんな被曝の第三世代、まさに、障害がはっきりと現れて来るそんな世代の子どもたちが大人になり、自ら赤ん坊を産み、子どもを育てている。そんな彼らの子どもたちの上に、今、様々な障害の異変が起きていることを伝えていた。

肉体的な障害を抱える子どもたち、また、精神的障害を抱える子どもたち。映画に登場した病院を訪ねた時、私は、特別室に案内され、沢山の奇形で生まれフォルマリン漬けになっている赤ん坊を見て来た。あの時代に子どもだった人たちが子どもを産み、障害のままにその赤ん坊を育てていて、生きながら被曝の残酷さを見せてくれている。

こんなに酷い現実が、あの後もずっとチェルノブイリでは続いていたことの悲惨さを、改めて痛感させられた。いや、むしろ、事故から何年も経ってから、いろいろな障害が出てくること、それが、原発事故の恐ろしさであると言うことを、ただ私が、忘れていただけに過ぎない。

ぜひ、多くの皆さんにも、この厳しい現実を見て欲しい。これは決して、遠くの国の私たちの身には関係のない話などではない。まさに、数年後からこの国の中で間違いなく始まる現実だからだ。

避難中、彼によってどれだけ安心させてもらったか、京都大学原子炉助教の小出裕章さんがいつも言っているように、私たちは、もう、怖いから見ない、考えない、と言って済まされる時期はとっくに過ぎている。すでに、日本の多くは汚染され、内部被曝では、日本中で逃げ切れる所はどこにもない。それが現実である。だから、これからも、被曝し続けることを覚悟の上で、どうこの国で生きて行けば良いのかを真剣に考えなければならないのだ。

チェルノブイリの多くの被爆者が、身をもって私たちに伝えている歴史の真実に、私たちは目を塞いでは行けない。どう逃げたくても、この起こりうる事実から出発しなければならないのが私たちの現実だ。そう改めて覚悟させてくれる映画だった。ぜひ、一人でも多くの人に観てもらいたい。(「チェルノブイリ・ハート」は、ネットの動画で見れます)宙八





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[ 2011/09/09 22:00 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)
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