マクロビアン days

日々の活動や、お知らせ、食についての情報など、幅広く発信していきます。

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小淵沢セミナー終了しました〜 

こんにちは、きおまです。

9月28日〜10月4日まで山梨県の小淵沢での半断食セミナーをやっておりました〜。

ウェルネスガーデン風景

朝と夜は冷たい澄んだ空気で、昼はまだ日射しが強く、風の音や鳥や虫の声を聴きながらのセミナーで、とても気持ちの良い季節でした。

ロードワークでは、八ヶ岳の麓を歩きますが、稲刈りをやっている風景や、途中にある冷たい湧水での休憩、木漏れ日の中の道を歩く、など、自然に触れながらのコースです。

小淵沢

小淵沢3

小淵沢2

講義内容は、
1、半断食とは
2、排毒現象について
3、食べ物の本質とは
4、食べ物のガイドラインと陰陽表
5、食のルーツと食と生命の関わり
などです。

その他、実習や講義などでも、食の研究、実践を40年やってきた、宙八とちあきの知恵などをみなさんにお話ししました。

休憩時間などでは、みなさん本を読まれたり、芝生の上で昼寝をしたり、近くにある温泉に行ったりなど、思い思いの過ごし方をしていました。
ロードワーク途中に咲いている花を摘んでくれ、飾ったり、最終日には湧水の場所で記念に汲んでいったりなども。

八ヶ岳の自然に抱かれながらの6泊7日でした。

様々な目的でみなさん参加されていますが、この自分をじっくりと見つめながら食と生命、健康について考える時間というのは、みなさん一度は経験してもらいたいと思いました(ご自分でやるのも含めて)

2013年の日本国内ではこれで終わりですが(オーストラリアで11月末にやります)、また2014年のスケジュールなどもまた新たにお伝えします。

楽しい1週間を過ごしました〜




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[ 2013/10/07 12:12 ] セミナー | TB(0) | CM(0)

捨てる。ということ。 

こんにちは、きおまです〜。

今日は「捨てる」ということについてちょっと考えてみます。
パッと見ると、「捨てる」というとちょっとネガティブなイメージがあると思いますが、これからは益々「捨てる」ということが重要で意味を持つ時代だと感じます。

捨てる、離れる、手放す、など。断捨離という言葉も流行っていましたし、引き算健康法などもあります。

半断食も、食を断つ、食の執着を手放すといった「捨てる」という事なのですが、僕は粗食だけで生きていくというのは出来ていないですし、お坊さんのように修行して執着、煩悩、欲を全て消すというほどの覚悟もないです。

そんな俗にまみれている僕なりに半断食を考えると、

「より楽しく食べるための半断食、断食」という感じです。

「欲望というものは海水を飲むようなものだ」、とダライラマが言っていましたが、食の欲望も近いものじゃないでしょうか。
美味しいものを食べた時の感動はありますが、すぐに感動を忘れ、もっと美味しいものを、と。その際限のない食欲に振り回されると、人によっては健康を害し、もう食べられない、楽しくもなくなる、という事にもなるでしょう。

半断食をすると、味覚も敏感になりますし、普段だと何の感動もないご飯一口、野菜ひとかけらに対する感動がもの凄いです。
さらに身体もリセットされますし、不要なものは美味しくなく感じます。

その事で、また食べることは楽しくなりますし、より長く食べられる、お酒も楽しく飲めるというコトです。

半断食以外でも、情報を捨てる、不要なモノを捨てる、などが上手くできれば、情報やモノに振り回される状態から、情報やモノを上手くコントロールができるようになる気がします。

私欲を捨てると使命が見えてくる。ように、

欲に振り回されずに、さまざまな欲を上手くコントロールして、より楽しい人生を過ごすためには、捨てる、離す、手放す、などを意識するのは良いのではないかと思います。

その「捨てる」という行為自体が快感になるタイミングもあるのでしょうし 笑
捨てて削って行くとより本質的なモノって見えてきますしね。

この大きな時代の転換期においては、今までのなんとなく「増やす方が良い」という考えよりも「減らす、捨てることでの満足」をそれぞれ見つけられると良いなと思います。

正直、情報量も、モノの量も、食べ過ぎも、栄養をもっと摂れというのも、もう多すぎるよ!と思っている人も多いのではないでしょうか。

[ 2013/09/06 14:34 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

【足知者富】 

【足知者富】

こんにちは、きおまです。
梅雨本番ですね〜、さてさて老荘講座での素敵言葉です。

上の言葉はこれからもっと日本で必要な言葉だと思います。
【足るを知る者は富む】

老荘では「欲」を否定していません、「欲」はアクセルとしても重要なものです、「意欲」といったように。
でもあまりにも今の世の中は「欲」を煽りすぎる仕組みがありふれている気がします。
企業の広告なんかも、別に現状で満足してあまり顔を出さない「欲」をうまーく突いて、物欲や権威欲、金銭欲、名誉欲なんかがアクセル全開で出てきます。そうすると過度な欲に振り回されてしまう、そういった時に「足知者富」がブレーキの役割で自分をコントロールしてくれる。その結果、意欲がよりわき上がりやる事も心もより良い方向に向かうと思います。

何でも「○○過ぎる」という過度な事は良くないですね、でも今はそういった仕掛けが多すぎると思います。

食べ過ぎるというのも、食欲を抑えきれず多くの物を食べ過ぎた結果、生活習慣病や肥満などになり、結局病気や体調不良などになって損をしてしまう事も多いと思います。

そんな「欲」というアクセルを制御するためのブレーキとしての「足知者富」はぜひ心の留めておくのに良い言葉だと感じます。

今の経済成長を目指す日本でもより「欲」を刺激する施策などが増えるのでしょう。
でも、お金の豊かさと幸せがある水準から比例しないのは多くの実験で立証されています、何よりそう実感している人も多いのではないでしょうか。

最近発表されたOECDの世界36ヶ国(先進国ですね)の幸福度指標調査でも発表されています。
安全が1位、教育が2位、収入が6位、と上位なのに対して、生活の満足度が27位、仕事と生活の調和が34位、で総合は21位(36ヶ国中)でした。

でも国は「経済成長」を優先させ、10年で所得を150万上げるといい、支持率も高い。「経済成長=国民の幸せ」というモデルはもう旧いものだと思うのですが…。

一方で地球問題は…

「もし世界の人がアメリカ人並みの生活をするには地球が5.6個必要」と言われています(全員が日本人でも2.5個必要です)
そんな中、中国が2030年にはアメリカをGDPで抜くという予測もあります、今、一人当たりのGDPが日本やアメリカの1/8ぐらいの中国人全員が同じ水準までなってくる…。とても地球が耐えきれるとは思えませんし、食糧問題、水問題、環境汚染、温暖化、などさまざまな問題が出てくるのでしょうね。

そういったある程度予測できる未来が分かっているのであれば、それに対して僕たち日本人は「足知者富」ということを実践して、文化や自然を守り、幸福度の高い状態を作っていきたいですね。

日々の小さな事から、社会活動を通じてそういった事を実現できるように模索していきたいと思います。

[ 2013/06/26 13:15 ] 日常 | TB(0) | CM(0)

マクロビアンの「今」 

こんにちは、きおまです。

東京は桜も満開になり早くも散り始めそうです。

春というのは新たなスタートを感じられるよい季節ですね。

さて先日福島県いわき市にある我が家、マクロビアンに一時帰宅をしました。所用がありまして。

今年は雪もほとんどなく、行くまでは問題無かったです。

線量についてはあまり変わらず…

小川町では0.1マイクロシーベルトなのが、山を上がるにつれ線量も上がり、

マクロビアンの最寄りにある国?が設置した線量計は0.626マイクロシーベルトの数値を出していました。
1

年間にすると約5.5ミリシーベルトです。

国が目標としている1ミリシーベルト以下にはまだまだ遠い数値です。

もう周りに住んでいる人も少ない中で、非常に淋しい地区になってしまいました。

そんな中、近所で除染活動をやっていました。

木を切り、土地の上の土を取り、袋に詰めている作業です。
IMG_0682.jpg


…この山、森、自然だらけの、いや自然しかない中であれにはどれだけの意味があるのか。

雨が降って、枯れ葉が動き、土が動けばすぐに線量は戻ります、見渡す限りの自然の中で1軒とその周辺をやることでどれだけの線量が下がるのか…

昔の刑罰で、重い岩を坂の上まだ転がさせて、それをまた下に落として繰り返させるという精神的にも肉体的にもツラい刑があると聞いたような気がしますが、感覚的にはそんなものでは…。

全くの無意味とは言いませんが、劇的に変化するわけでもないあの除染は、国が「除染はやった」という努力しましたよ、というようなための作業に思えてなりません。

そして事故から2年経ったマクロビアンも、家も土地も痛んでいます。

そもそも大自然の中に住まわせてもらっている、ぐらいの山の中。

人がそこで生活をしながら手入れをして行かないとあっという間に自然に戻ろうとするのは、当たり前の事です。

そんな中で、雑草も増え、家が傷んで行く姿を見るのは僕自身もツラいものがあります。

一見すると何も変わらない見た目の中に、線量計の数値のみが以前(事故前)と違っている。

これは何ともいえないものです。

…と暗くなってしまいましたが、現状のマクロビアンについてのご報告です。

まあそんな事もある中で、また新しい拠点についても何とか早く見つけて落ち着かねばというところです。

また近況についてもお知らせします〜。

IMG_0679.jpg
[ 2013/03/27 13:48 ] 日常 | TB(0) | CM(1)

守破離 

こんにちは、きおまです。
春がいよいよすぐそこに来ているような感じがします。

今日は半断食セミナーの中でも伝える内の1つですが「守破離」について書いてみます。

守破離は日本の武道や茶道などの子弟関係のあり方や、日本文化が進化・発展した過程のベースとなる思想などですが、「マクロビオティック」というものを漢字変換すると「食養道」でしょうか。

「守」は物事を身につける際には、まずその型を覚えることです。マクロビオティックでもある程度の型はあります、どういったバランスで食べるとか、いろいろ。

「破」は、まずその型を守って覚えたら、破ってみる、他のものも取り入れて見るということです。いのちというのは全員違うもので、同じ型が当てはまるものではないため、型を自分のいのちにも適応できるようなアレンジメントが必要です。

玄米を食べれば良い、先生の言ったことを守らなければいけない、しかも最初に頭で良いものだと思えば思うほど守ろうと思ってしまう、むしろそれが自分を縛るようになってしまい、結果窮屈な人生になってしまう、これでは本末転倒です。

「離」は「守」「破」を通過し、何事にもとらわれない(離れていき)自分の境地を作り、生み出していくようなことです。
破っていく過程で型をじぶんのいのちに合わせてアレンジしながら、最終的には自由自在になっていく。

「食養道」という無限に広く、食を通して自然や宇宙と繋がる世界を実体験していくものの中では、この「守破離」という考えはとても良いと思います。

僕はたまにマクロビオティックに対するネガティブな言葉を聞きますが、「○○は食べちゃだめ」といった「守」に固執するあまり自分自身が窮屈になってしまっている人たちに対するイメージなのかもしれません。

最初から最後まで「守」の人よりも、「守→破→離」を経験した上でやっぱり「守」が一番、となる人では気持ちの自由度も楽しさも全然違ってくると思います。
Macro(大きな)bio(いのちの)tic(術)といった語源があるように、より大局的に自由自在に考えていくとマクロビオティックがもっと面白いものになっていくような気がします。

今日は、セミナーの講義の1コマを引用しての「守破離」についてでした。

[ 2013/03/14 10:36 ] 「食」について | TB(0) | CM(0)

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